ドンキの自動ドアを抜けると、夜風がふわりとスカートの裾を揺らした。
地雷系の黒ピンクの服に身を包んだまま、俺は凛と並んで歩き出す。
人の視線は気になるが、煌々と明かりに照らされていた店内に比べれば、この薄暗い夜道のほうがまだマシだ。
それでも、すれ違う人がちらりとこちらを見るたび、心臓が縮み上がる。
だが、その気休めすらも凛は見抜いていたかのように話しかけてきた。
「ねぇ、コンビニ寄っていい?」
隣で凛が、軽い調子で口を開いた。
「え……コンビニ?」
「うん。コーヒー飲みたいなって。家に着く前に買っていこ」
言い方は何でもない雑談みたいなのに、その一言で心臓が跳ね上がる。
――この格好のまま、明るいコンビニへ?
顔から血の気が引いた。
「い、いや……このままは……」
弱々しい抵抗を口にしても、凛は全く取り合わない。
「大丈夫大丈夫。明るい方が肌が綺麗に見えるよ!」
無邪気な声が、逆に首輪みたいに重くのしかかる。
凛は僕の手を掴むと、そのままコンビニへと導いていった。
◆
自動ドアが開くと、蛍光灯の光が容赦なく降り注ぐ。
外よりもはるかに鮮明に、僕の姿を照らし出す。
BGMの軽快な音楽。
店内の客のざわめき。
全部が僕の存在を暴き出そうとしているみたいで、足が竦んだ。
「ほら、行こ。カフェラテ買うんだから」
凛は軽く言い、レジへ向かう。
僕はその背中に引っ張られるように歩くしかなかった。
◆
レジ前に立つと、そこにはだるそうな若い女性店員がいた。
無造作に髪をまとめ、眠そうにレジを打ちながら客を捌いている。
――頼む、僕が男って事には気付かないで。
そう祈るように視線を落とした。
だが凛が、小声で囁く。
「啓斗、『カフェラテのMサイズを二つ』って注文して?」
喉が詰まった。
心臓が壊れそうなほど暴れている。
「……む、無理だよ……」
「大丈夫、大丈夫、自然に言えるよ!多分」
甘く、でも逃げ場を塞ぐような声。
僕は震える唇を動かした。
「……カ、カフェラテの……Mサイズを、二つ下さい……」
◆
一瞬、空気が変わった。
店員の手が止まる。
視線が、ゆっくりと僕の顔へ向く。
目が合った瞬間、時間が止まった。
見開かれた瞳。
驚きがあらわになった表情。
それだけで、胸が潰れそうになる。
けれどその後に浮かんだのは、冷ややかな色だった。
まるで「気持ち悪いもの」を見るかのような、軽蔑の視線。
口の中の水分が一気に無くなり、喉がカラカラになる。
耳の奥がじんじんして、全身が震えた。
「バレた」
頭の中でその言葉が何度も響く。
◆
「どうぞ」
無表情にカップを2つ差し出す店員。
けれど僕には、その無関心さの裏に確かな拒絶を感じてしまった。
羞恥で顔が火傷しそうに熱く、足元がふらつく。
周囲の客の視線まで自分に注がれている気がして、逃げ出したくてたまらない。
そんな僕の横で、凛は満足そうに微笑んでいた。
「ありがと、啓斗。でも気付かれちゃったね」
小声で囁かれ、心臓がぎゅっと縮む。
彼女にとっては、これはただの“楽しみ”。
僕にとっては、生き地獄そのものなのに。
◆
ようやくカフェラテを買い、凛の家に辿り着いたとき、全身から力が抜けた。
ソファに崩れ込む僕を、凛がじっと見つめてくる。
「ねぇ……そういえば」
唐突に声を上げる。
「下着って、まだメンズのままだよね?忘れてた!ごめんね」
彼女にとっては、これはただちん
その笑顔が、何よりも恐ろしい。
「い、いや、別にそのままで……」
凛は聞いていない。
脱衣所に消えると、数秒後に何かを持って戻ってきた。
「もう古くて捨てようと思ってたんだけど……啓斗にあげる」
差し出されたのは、白のレースがついたミントグリーンの女性用のパンティ。
「今すぐ穿き替えて」
「そ、そんなの……無理だって……!」
声を上げても、凛の笑顔は崩れない。
「早く早く。私の誕生日なんだから……ね?」
優しい声。
けれどその裏に、抗えない力が潜んでいる。
◆
僕は必死に首を振った。
「だ、駄目だよ……!こんなの、僕には……」
凛はにこにこと微笑んだまま、すっと僕の腰に手を伸ばす。
「大丈夫。私が手伝ってあげるから」
抵抗する腕を軽く押さえ、ボクサーパンツを下ろされる。
「や、やめっ……!」
情けない声が漏れる。
「自分で穿く!自分で穿くから……」
「はい、どうぞ……」
凛の手がスッと引かれた。そして手に持っていた布を渡される。
そのまま、その繊細な布に足を通す。冷たい感触。
それが腰を通ると、ぴたりと肌に吸い付いた。
「……っ!」
息が止まった。
薄くて、軽くて、頼りなくて。
でもその分、レディースの下着という存在を意識させられた。
◆
「ね、啓斗。ちゃんと見せて?」
甘い声。けれど命令の響きを帯びている。
「……む、無理だよ……!」
「ほら、スカート上げて?」
逃げ場のない言葉。
僕は震える手でスカートをつまんだ。
ゆっくりと持ち上げる。
裾が上がるにつれて、たった今、ご主人が変ったパンティが露わになる。
そして女性物のパンティに収まりきらない“大きなもの”が顔を覗かせた。
凛の目が細められる。
「ふふっ……すごいアンバランス。でも、それが可愛いね」
彼女の視線が突き刺さる。
それだけで心臓が爆発しそうだった。
羞恥で目を逸らす僕に、凛はさらに一歩近づき、覗き込むように顔を寄せた。
「ねぇ……本当は女の子になりたかったんじゃない?」
その声に、全身が震えた。
「私は……それでもいいよ?」
羞恥、屈辱、でも逃げられない――。
まるで鎖で繋がれたみたいに、彼女の前から動けなかった。
――第5話へ続く。