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桜梅桃華@女装・TSF小説
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残業の果てに辿り着いた、僕の新しい世界:7

千尋の誤解と真っ赤な唇

「レンさん、ちょっとお仕事の相談いいですか?」


16時頃、外注先に送る発注メールを作成していた僕に、千尋が声をかけてきた。

彼女の瞳は真剣で、いつもの柔らかい笑顔は影を潜めている。


僕はさっきのやり取りが頭をよぎり、今日はできれば千尋と関わりたくなかった。

それでも断る理由はなく、小さく頷くしかなかった。


「う、うん。どうしたの……?」


千尋は手に持っていた契約書を僕に見せ、細い指で文字をなぞりながら、眉を寄せて言う。


「この但し書きなんですけど……解釈が曖昧で、自分なりに調べたんですけど、どうしても確信が持てなくて」


僕はパソコンから椅子をずらし、書類を受け取って覗き込んだ。


視線を走らせながら説明しようとした、その瞬間――。


「あ……!」


千尋の声が小さく漏れた。

彼女の視線が僕の胸元で固まっている。


(やばい……!)


シャツの布地から透ける赤いレースのブラ。

千尋の瞳がかすかに揺れるのを、僕は確かに見てしまった。


慌てて背筋を伸ばし、書類で胸元を覆う。

体温が一気に上がり、呼吸が浅くなる。

「……やっぱり」

千尋が小さく呟いた。


その声が耳に焼き付く。

僕は唇を強く噛み、何も聞こえていないフリをして説明を続けるしかなかった。



契約書の確認を終えたあとも、デスクで文字を打つ手が震えていた。

背後から千尋の視線を感じるたびに、心臓が縮み上がる。

逃げ場のないまま、椅子に沈み込む。


やがて千尋が再度、僕のデスクの横に立った。


「レンさん……今日、仕事終わりに少し付き合ってもらえませんか?買い物に行きたくて」


「え……」


思わず振り返る。

断りたい。今すぐにでも帰って、この下着を脱ぎたい。


「今日は忙しくて……また今度じゃダメかな?」


「プレゼントを買いたくて、どうしても今日じゃなきゃダメなんです。レンさんにも、どうしても付いて来てほしくて……。お願いします!」


千尋の真っ直ぐな瞳と声に圧倒されてしまった。


「……わ、わかったよ」

搾り出すように答えた自分の声は震えていた。



定時を過ぎ、僕と千尋は駅前の商業ビルに向かった。

人混みの中を歩きながら、心臓はずっと落ち着かない。

何度も「やっぱり用事を思い出した」と言い訳しようか迷ったが、隣を歩く千尋の横顔を見るたび、その言葉は喉に詰まった。


エスカレーターを上り、辿り着いたのは化粧品売り場だった。

聞いたことがあるブランド名に、香水の甘い匂い。鮮やかな口紅やアイシャドウがずらりと並んでいる。

僕は思わず足を止める。


「ど、どうして……化粧品売り場に僕を……」


「ふふっ、驚きました?」

千尋は振り返り、少し照れくさそうに笑った。


「いつもお世話になってますし、レンさんに合う化粧品をプレゼントしたいなって思って」


「えっ……そ、そんな、僕が化粧品だなんて……」

慌てて首を振る。


だが千尋は首を横に振り返す。


「大丈夫です。私からの気持ちですから。……レンさんに似合うものを私に選ばせてください」

陳列棚を眺め、少し迷った後、彼女の指がショーケースから一本のリップを取り上げた。


深い赤。鮮烈な色合い。

真っ赤な口紅を、彼女は差し出してきた。


「レンさんに……これどうですか?きっと似合うと思いますよ!」


「……っ」

唇が震える。


彼女は何も言わない。でも行動がすべてを物語っている。


僕が自分から好んで女装をしていると思っている……。


とはいえ、経理の3人に弱みを握られている以上、言い訳もできない。


僕はぎこちなくそのリップを受け取った。

掌に伝わる重みが、恥辱の証のように感じられる。


「ありがとう……でも……」

声が裏返る。拒否することもできない。


「気に入ってくれると嬉しいです!今、買ってきますね」

千尋は穏やかに微笑む。その瞳には、確信と優しさが入り混じっていた。



購入を済ませ、千尋が戻ってきた。


「レンさん、お待たせしました!会社には無理かもしれないですけど……お休みの日に使ってみてくださいね」

千尋は優しい笑顔で紙袋を差し出した。


「うっ……あ、ありがとう……」


(どうして……どうしてこんなことに……)


赤いブラ。真っ赤なリップ。

真実とは違う自分が、じわじわと形作られていく。

羞恥に震えながら、僕は紙袋を強く握りしめた。


そのまま足早に出口へと急ごうとしたその時だった。



「あらっ、偶然ね」


振り返ると、そこに立っていたのは瑠衣と真帆。


二人とも仕事終わりらしく、私服に着替えていた。けれど、その笑みには仕事中と同じ鋭さが漂っていた。


「る、瑠衣さん……真帆ちゃん……どうしてここに……」


僕が声を詰まらせると、瑠衣はわざとらしくショーケースを見ながら言った。


「ここのリップいい色だよね。私もルイくんと同じの使ってるの。発色がすごく良くて、肌なじみもいいよね」

「ち、違っ……これは、千尋ちゃんに……」


「へぇ、そうなんだ」

真帆が横から口を挟む。唇に浮かぶ笑みは柔らかいのに、どこか鋭い。


「やっぱり千尋ちゃんのセンス、いいよね。レンくんにも似合いそうだよね」


「えっ……あ、ありがとうございます!」


千尋の頬がぱっと赤くなり、嬉しそうに笑う。


――違う、僕が望んだわけじゃないのに。


「ふふっ……」

瑠衣と真帆は目を合わせ、意味ありげに笑い合う。

僕だけが逃げ場を失い、ただ下を向く事しかできなかった。



「よし、それじゃあ――」

沈黙を切り裂いたのは瑠衣の声だった。


「次はレンくんに似合う服を探さなきゃね。ねえ、千尋ちゃん。私たちも一緒に見て回っていい?」


似合う服――!?

胸の奥で警鐘が鳴る。どう考えても、また女物を着せられるに決まっている。

血の気が引き、僕は慌てて首を横に振った。


「い、いや、もう帰るところで……!」


必死に言い訳をする僕に、千尋がぱっと顔を輝かせる。


「いいじゃないですか!」

その無邪気な笑顔に、逃げ道はますます狭まっていった。


「せっかくなら、リップに合う服も見てみたいです!」


(やめてくれ……)

心の奥で叫ぶが、声にはならない。

赤いブラ、真っ赤なリップ、そして今度は服まで――。


【8章へつづく…】

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